渡辺悦司さん【福島原発事故 東京圏の放射能汚染は深刻】

福島原発事故 東京圏の放射能汚染は深刻――チェルノブイリでは避難の権利が保障されるべきレベル、最大で毎年約18万のがん発症と9万のがん・非がん死亡の増加が予測可能

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員渡辺悦司
2017年3月26日

福島原発事故で放出された放射能による汚染は、福島県やその周辺地域にとどまらない。日本の首都であり物流と経済活動の最大の集積地であり政治的経済的支配の中心地である東京圏が、極めて深刻で危険な汚染状況にある。

福島原発事故時の放射性降下物の量で、東京は福島・茨城・山形に次いで多かった(宮城は震災により観測不能)。事故原発から放出された5度の放射性プルーム(原子雲)のうちの一つが東京上空を通過したからである。福島原発から放出された後にまず広範囲に平地や山に沈着した放射性物質は、その後風により二次的・三次的に拡散した。とりわけ土煙や土埃、さらには胞子・花粉など、生物濃縮を介した微粒子として再飛散が進んでいる可能性がある。さらに『週刊 女性自身』2017年4月4日号は、昨年9月に行われた1号機の建屋カバーの撤去によって、福島だけでなく東京など関東各地の放射性物質の降下量が急上昇している可能性があると伝えている。事故原発からは現在も、デブリ内で持続する核分裂だけでなく、無謀で不用意な廃炉作業などに伴う放射性物質の放出が続いているからだ。また福島にとどまらず関東圏においても、焼却場での汚染ゴミの大量焼却が行われている。それによる放射性微粒子も飛来し沈着していると考えられる。

これらの危険に対して、政府も行政も完全に無視しており、東京圏は無防備な状態のままである。詳細はわれわれの共著『放射線被曝の争点』(緑風出版)をぜひ参照いただきたい。

ジャーナリストの桐島瞬氏らは、東京各地における放射線量を実測し、多くの地点で、政府が除染を実施すべき基準としている線量(0.23マイクロシーベルト/時)を上回っていることを明らかにした(表)。東京の放射能汚染は、多くの地点において、チェルノブイリであれば十分「避難の権利」が与えられる水準(1~5ミリシーベルト/年)なのだ

   東京圏でどの程度の被害が予測されるか――過小評価されたICRPモデルでも50年間に13万人の発がんと3万人のがん死

桐島氏のデータから、日本政府が放射線政策のベースとして採用している国際放射線防護委員会ICRPのリスクモデルを使って、大雑把ではあるが、東京圏での放射線被曝の被害がどの程度の規模になる可能性があるか推計することができる。

概数で、いま東京圏の人口を1000万人とし、この住民全員が、桐島氏らによる実測結果の放射線レベルで、毎年の追加被曝をする場合を仮定してみよう。格段に高かったはずの事故直後の初期被曝も、チェルノブイリでは外部被曝の3分の2として算入されている内部被曝量も捨象しよう。福島事故以前の東京の空間線量は、文部科学省のデータ(「はかるくん」)によれば0.036マイクロシーベルト/時だった。他方、2015年2~3月の桐島氏の全実測値の平均は0.3075マイクロシーベルト/時。事故による放射線量の上昇分は1年間に換算して約2.4ミリシーベルト/年である。被曝量と被曝人数をかけた「集団線量」としては、およそ2.4万人・シーベルト/年に相当する。

ICRP2007年勧告の表A.4.2に掲げられているリスク係数によれば、1万人・シーベルト当たりの過剰ながん発症は約1830人、そのうちの「致死性リスク」すなわちがん死は約450人である(掲載されている5つの数値の最大値と最小値の中央値、「遺伝性」は除いた)。

つまりICRPのリスクモデルでは、福島事故放出放射能への1年間の追加の被曝により、東京圏では生涯期間についてがん発症が約4400人増加し、がん死が約1100人程度追加的に生じる予測となる(付表1)。

50年間で計算すれば、セシウム137など長寿命放射能の50年間の減衰を考慮して、リスクを約6割とすると、およそ13万2000人のがん発症と3万2000人程度のがん死が予測されることになる。

これは東京圏の住民約1000万人だけでの話である。人口約4500万人の関東圏全体をとればこの4.5倍である。ICRPの著しく過小評価されたモデルで計算した場合でさえも、この程度の被害が出る可能性は十分に予測可能である。

実際の被害は約40倍。がん以外も広範囲の健康被害が予測。

関東圏全体で毎年約40万人、50年間で1200万人の致死リスク

政府と政府側の「専門家」たちは、ICRPモデルを知らないはずがない。知っていながら福島事故の放射能被害が「全くない」という露骨な嘘とデマで人々を欺そうとしている。

実際には、ICRPのリスク係数には大きな過小評価がある。ICRPに批判的な欧州放射線防護委員会ECRRは、その過小評価率を約40分の1としているため、数を40倍に補正する必要がある(付表2)。すると東京圏の人口約1000万人で、1年間の追加的な被曝により過剰に生じる生涯期間のがん発症とがん死は、毎年およそ18万人と4万人強になる。50年間では、およそ520万人と130万人程度という膨大な人数になる。

だが、ICRPによる被害の過小評価は、上で見たような量的な側面だけにとどまらない。ICRPは、基本的・本質的に、原発や核利用を推進するための機関であるからだ。

ICRPは、低線量被ばくの影響もがんだけしか認めず、心臓病からアレルギー、流死産や遺伝的影響、神経疾患にいたる広範囲の非がん疾患のリスクを認めていない。微粒子、酸化ストレス、トリチウム、免疫低下・異常、非DNA標的などの特殊な危険性を認めない。

よって、非がん死をがん死と同程度になると仮定すると、数は倍になる。つまり東京圏の住民の致死リスクは、毎年でおよそ9万人、50年間では260万人。人口4.5倍の関東圏全体の致死リスクは毎年およそ40万人、50年間では1200万人となるのだ。

各個人の放射線影響に対する感受性には顕著な差異がある。乳幼児や若年層、女性、がん関連遺伝子に変異を持つ人々(人口の約1%)など、感受性が著しく高い人口集団が存在する。だが、ICRPは、「平均化」の原則の下に、個人間の放射線感受性の差異を認めず、単一の被曝基準を当てはめる。これは、高感受性の人々の生存権・人格権の否定に等しい。

放射線被曝との関連性の高い血液がんや白内障、周産期死亡が増加するなど、東京圏での健康被害の顕在化を示す現象はすでに現れている。このような中で、東京や関東圏から関西や以西への避難者の人々が、「関東からの避難者達」という組織を立ち上げ、避難のアドバイス、情報交換やその他の連帯活動を開始した。それは、避難者の運動のみならず被曝反対の運動における重要で大きな一歩前進となるであろう。

表1 首都圏の主要地点の放射線量 2013年~15年μsv/時


測定場所 13年3~4月 14年7~8月 15年2~3月
JR東京駅 0.26 0.26 0.23
成田国際空港 未測定 0.55 0.42
羽田空港 未測定 0.19 0.31
月島高層ビル群 0.26 0.32 0.28
東京電力本店 0.23 0.24 0.23
東京ドーム 0.28 1.88 1.32
東京ディズニーランド 未測定 0.63 0.41
東京スカイツリー 0.23 0.25 0.07
新宿中央公園 未測定 0.23 0.2
海の見える丘公園 未測定 0.19 0.18
上野恩賜公園 0.29 0.79 0.33
葛西臨海公園 1.52 0.24 0.22

出典:桐島瞬「放射能は減っていない!首都圏の(危)要除染スポット」講談社『フライデー』2015年3月20日号

表2 東京圏1000万人が桐島氏の実測値(年間2.4㍉Sv以上)を被ばくした場合のリスクモデル(概数)

  ガン発症 ガン死 非ガン死 致死リスク合計
ICRP2007リスク係数 1830人 450人 考慮されず  
ICRP年間 4400人 1100人 考慮されず  
50年 13万2000人 3万2000人 考慮されず  
ECRR 補正 年間 17万6000人 4万4000人 考慮されず  
50年 528万人 128万人 考慮されず  
非ガン死 年間 同上 同上 4万4000人 8万8000人
50年 同上 同上 128万人 256万人

1万人・Sv当たりのリスク。ヤブロコフ他『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店によれば、がん死と悲がん死の比率はほぼ1対1。

2011年の事故以降全国で増加する甲状腺がん

2010年 2011年 2012年 2013年 2013/2010比
福島 119 187 199 271 228%
栃木 116 218 211 235 203%
群馬 108 124 185 350 217%
茨城 61 115 136 138 226%
山形 95 128 146 139 146%
宮城 248 343 378 399 161%
埼玉 203 226 306 301 148%
千葉 260 340 410 352 135%
東京 1833 2819 2874 2884 157%
神奈川 469 664 656 749 160%
愛知 525 632 819 949 120%
大阪 650 938 1048 1039 160%
福岡 583 736 629 587 101%
北海道 855 1083 1151 1227 144%
沖縄 82 104 117 103 126%
日本 10816 14909 15635 16023 148%

全国の病院が公表した診察実績データ。落合栄一郎 著『アジア太平洋ジャーナル』第13巻、第38号

表5「院内がん登録」統計による東京都内17病院の血液がん患者数(単位:人)

  2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 13/10比
悪性リンパ腫 *1,456 *1,421 *1,519 *1,605 *1,741 *1,709 22.5%
多発性骨髄腫 *246 256 276 330 316 296 23.4%
白血病 *511 551 557 623 652 581 18.3%
その他の血液がん *266 *278 357 477 *518 460 86.3%
東京血液がん合計 *2,479 2,506 2,709 3,035 3,227 3,046 28.8%
全国血液がん 31,506 34,684 *37,294 *39,632 41,080 40,628 18.4%

注記:* が付いているものは実数、それ以外は筆者の補正値である。

出典:国立がん研究センター がん対策情報センター がん統計研究部 院内がん登録室「がん診療連携拠点病院 院内がん登録 全国集計報告書 付表1~6」

表6 首都圏の病院の血液内科の診療(入院)実績

  2005 2010 2011 2012 2013 2014 2015
NTT東日本関東病院(東京品川区) 25 28 56 76 80 86 97
千葉大学病院(千葉市)   9 28 17 24 24 26
順天堂病院(東京文京区)     18 32 40 35 31
武蔵野赤十字病院(東京武蔵野市)   2 3 10 11 8 8
東京逓信病院(東京千代田区)   5 7 12 15 14  

出典:遠坂俊一氏提供 各病院の患者統計による

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