渡辺悦司さん【放射線被曝による健康影響の全体像】

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員渡辺悦司
2018年5月12日

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ICRPやUNSCEARの放射線被曝リスク・モデルは、低線量については「がん」と「遺伝的影響」のリスクしか取り扱っていない。もちろん、これらのリスクモデルだけでも、福島原発事故の健康被害が「全くない」という政府の見解が虚偽でありデマであることは全く明らかである。

しかし、現実には、がん以外の広範囲の放射線被曝に起因あるいは関連する疾患・健康障害が証明あるいは示唆されている。また、被曝に反対する運動の中でも、甲状腺がんや周産期死亡などすでに疫学的に検証されている事例だけに焦点を絞って考えるべきであるという傾向があるので、被曝健康被害の範囲をどう考えるかは極めて重要な問題である。もちろん、個人個人にとっては弱い器官や部分に疾患や健康障害が現れる。しかしポイントは、その範囲が極めて広いものであるということを認識することなのである。以下、この点を検討しよう。

1.チェルノブイリ原発事故の例――ヤブロコフら『チェルノブイリ被害の全貌』

チェルノブイリ原発事故による健康被害の全体像を捉えようとした本書は、福島原発事故による被曝影響の全体像を考えていく上で極めて重要なデータとエビデンスを与えるものである。

著者らは、特定の健康被害と被曝線量との「統計的に有意な相関」が認められなければ被曝の健康被害と認めないという方法論を「不正確」であると批判し、事故後に有意に増加した疾患・健康障害、被曝集団であるリクビダートルにおいて一般の人口集団よりも高率での発症が見られる疾患・健康障害を、全て被曝影響として認めるべきであると評価している(31ページほか)。われわれもまったくその通りであると考える。

また、事故後3年間のソ連当局の機密主義とデータの組織的改ざんを念頭に置くべきであるとの著者らの指摘(138、152ページなど)にも留意すべきであると考える。つまり、同書でさえもまだ全体像を捉えられていないかも知れないと著者たちは自覚しているのである。

したがって上記のような本書において言及のある疾患・健康障害が見られれば、放射線関連の可能性が疑われると評価すべきである。

表1 ヤブロコフら『チェルノブイリ被害の全貌』に指摘された放射線被曝によると考えられる主な健康影響の一覧

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分類 現れた症状・疾患 備考
全般 住民の総罹病率の上昇 健康な住民が極度に減少;ベラルーシでは事故前90%の子どもが健康だったが事故後は全体で20%以下、高汚染地域で10%以下に(その他統計は別テーマなのでここでは省略する)
障害者の増加 公的に認定された障害者数
低体重児・未熟児の増加  
老化の加速 子どもの老人に特徴的な症候群の徴候、消化管上皮の老人性の変化、早発性脱毛症、歯とあごの早期老化;中年での平均より8歳若い心臓発作死、老化による眼の変化;リクビダートルの放射線誘発早期老化症候群、骨粗鬆症、胆嚢炎、脂肪肝、肝硬変、関節・筋肉疾患、血管老化の早まり、40歳前後で始まる老人性脳障害、早発性の水晶体硬化、網膜血管障害、とくにそのアテローム性(コレステロールなど脂質の蓄積による)動脈硬化、老人性白内障、早発性老眼、老人性高次精神機能障害、老人性2型糖尿病の早期発症、老人性抗酸化機能低下、聴覚および前庭器官(平衡器官)の老人性障害、体内概日リズム(体内時計)の短縮、免疫系機能低下、腸管を含む上皮組織のアテローム性動脈硬化をもたらす血管壁の変化、心肺の変化など
がん以外 血液・造血系の疾患 <白血球減少症、貧血症(再生不良性貧血、鉄欠乏性貧血)、各血球間の不均衡、高い血中の酸化性フリーラジカル値、変異リンパ球の増加、血液細胞の形態異常、血球ミトコンドリアの膨化や核膜の不整、リンパ節の肥大、慢性扁桃炎、血小板の血管内凝集など/td>
心血管系の疾患 心拍リズムの異常(不整脈)、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)、高血圧症、低血圧症、急性心臓発作、脳血管疾患、アテローム性(高脂血症による)動脈硬化症、新生児出血性疾患、帝王切開出産時の出血量増大、頻脈、心筋血流の減少、自律神経循環器系失調症(頻脈、甲状腺機能亢進症、および神経症)の多発、循環不全脳症(DCE:脳の血液循環不全)、眼の血液循環異常、血管壁の耐菌性弱化、大動脈壁の肥厚、心臓の左室肥大、血管内皮の放射線による破壊など
内分泌系の疾患 内分泌臓器(膵臓、副甲状腺、甲状腺、副腎、卵巣、精巣)の全体の機能に悪影響;子どもの血中コルチゾール(副腎皮質ホルモン)値の低下、子どものチロキシン(甲状腺ホルモン)・プロゲステロン(黄体ホルモン)・テストステロン(男性ホルモン)の低下;リクビダートルのカルシウム代謝調節ホルモン(パラトルモン、カルシトニン、カルシトリオールなど)値の低下;糖尿病(1型[膵臓ベータ細胞の破壊による]および2型[生活習慣および遺伝による]);自己免疫性甲状腺炎(橋本病);肥満症(クッシング症候群)、甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症、子どもの知的能力発達の抑制・子宮と卵巣の発育不全・性的発育の早発、性機能低下、骨粗鬆症、脊椎圧迫骨折、甲状腺過形成、プロラクチン(脳下垂体分泌ホルモン)値の異常上昇、子どもの抑うつ障害など
免疫系の疾患 放射能汚染による免疫抑制(「チェルノブイリ・エイズ」)、アレルギー(花粉症、喘息性気管支炎、食物アレルギー、慢性扁桃腺炎・扁桃肥大)、免疫低下を示す急性呼吸器ウィルス感染・気管支炎・肺炎・中外耳炎・粘膜および皮膚の化膿性感染、じんましんなど
呼吸器系の疾患 鼻血、喉のむずがゆさ、咳、呼吸困難、気管支喘息、慢性気管支炎、気管支閉塞、気管支痙攣(けいれん)、肺気腫、気管支粘膜の硬化性変性、気管・気管支樹の変形、気管支上皮のがん化に関連する分子異常など
泌尿器系の疾患 尿路結石、十代の少年少女の慢性腎盂腎炎・腎臓結石・尿路疾患、前立腺腺腫と膀胱の尿路上皮の前がん病変など
骨と筋肉の疾患 骨減少症、骨粗鬆(しょう)症、骨折、背中や腰の痛み、手や下肢の骨・関節の痛み、胎児・新生児の筋骨格系の発生異常、胎児の環状骨構造の脆弱化・脊椎軟骨の破壊、骨のない子どもの出産(「ジェリーフィッシュ(くらげ)・チルドレン」と呼ばれる、核実験後のマーシャル諸島で見られた)など
神経系の疾患 心的外傷後ストレスだけでは説明できない広範な疾患・障害;[子ども]脳波異常、てんかん、片頭痛その他の頭痛、睡眠障害、自律神経疾患、精神障害、神経症・ストレス・身体表現性障害;心理的な発達の障害、行動および情緒の障害、学習障害、短期記憶障害、注意欠陥障害、精神遅滞、無気力、倦怠感の増大と知的能力の低下、知能指数(IQ)の低下;[リクビダートル]情動障害、神経症、心気症、うつ病、「チェルノブイリ認知症」、多汗症など自律神経異常、慢性疲労性症候群、統合失調症様症候群、リクビダートルに典型的な一連の体調不良(頭痛、短期記憶障害、全身の衰弱、倦怠感、労働能力低下、全身の発汗、動悸、睡眠を妨げる骨・関節の痛みやうずき、散発的な意識消失、ほてり、思考困難、心臓発作、のぼせ、視力の極端な低下、手足のしびれ);脳の複合的な器質的(構造的)損傷(①白質と灰白質、および深部の皮質下組織に局在する低代謝領域、②しばしば非対称的な脳室の拡大、③くも膜下腔の拡大、④脳の白質密度の低下、⑤脳梁の薄化、⑥脳組織の単一または複数の場所に生じる局在的なびまん性病変)など
感覚器の疾患 [眼]若年性白内障、硝子体変性、屈折異常、ぶどう膜炎、結膜炎、極端な聴力の低下、子どもの網膜疾患、眼調節機能の低下、弱視、近視・乱視の多発、眼血管障害、加齢黄斑変性症(AND)など脈絡網膜変性、網膜格子様変性、初期チェスナット症候群(新種の脈絡網膜病変)、眼瞼の良性腫瘍;[耳]聴覚障害、難聴、耳の閉塞感、耳鳴り、進行性の聴覚消失など
消化器系の疾患 慢性胃炎、胃十二指腸炎、胃粘膜びらん、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃粘膜萎縮症、腸上皮異形成、消化性潰瘍、腸内細菌比率(大腸菌・ビフィズス菌など)の変化と大腸菌族・溶血性連鎖球菌の増加、十二指腸蠕(ぜん)動運動の減少、未分化上皮細胞の出現、胃の毛細血管内皮細胞の損傷、胃粘膜の線維症;慢性胆嚢炎、カルシウム胆嚢炎、胆石症、膵炎;急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、脂肪肝など
皮膚と皮下組織の疾患 脱毛症、子どもの過敏性体質、表皮の角質層およびその直下の細胞層の肥厚、内皮の肥大、小動脈の大半に活動性の汎血管炎を伴う炎症性リンパ球浸潤、乾癬、顔面の紅潮、皮膚猫記症(皮膚が赤く腫れる)など
感染症および寄生虫病 感染症への易罹患性(かかりやすさ)、感染性胃腸炎、その重症型である消化不良性中毒症、細菌性敗血症、ウィルス性肝炎(B型およびC型)、呼吸器系ウィルス疾患群、ヘルペスウィルス性疾患、子宮内ヘルペス感染、精子のヘルペスウィルスおよびサイトメガロウィルス感染、鞭(べん)虫の寄生、泌尿世紀感染症、妊婦の産褥敗血症、結核、結核患者の若年化、クリプトスポリジウム(消化管に寄生する原生動物)症、サイトメガロウィルス感染症、腎(尿路)感染症、ニューモシスチス肺炎(真菌の一種により発症)、白癬菌感染症(たむし)など
歯科疾患 複数う歯(虫歯)、歯のエナメル質形成不全や耐酸性低下、歯列の異常、不正咬合、慢性カタル性歯肉炎、慢性歯周疾患、歯間歯槽骨組織の骨粗鬆症、歯の形態異常、広汎型歯肉炎(歯の30%以上に及ぶもの)、子どもの歯芽腫など
生殖系の疾患と生殖障害 女性における男性ホルモン濃度の上昇、女児の性成熟の遅れ、男女とも子どもの生殖器の発達障害、自然流産と人工妊娠中絶の増加、月経障害、卵巣における嚢胞の退行性変性と過剰な子宮内膜増殖、子宮内膜症、子宮筋腫、不妊症の増加、精子異常(精子数減少、奇形精子増加と精子運動性低下)、自己免疫性精巣炎、精細管へのリンパ球浸潤、硬化嚢胞性卵巣の増加、若い男性のインポテンツ、老齢女性の母乳分泌、妊婦の腎疾患・羊水過少症・早産・早期の胎盤劣化・貧血症(産後も含む)、妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)、月経障害(事故直後の月経過多と5~6年後以降の月経回数減少や月経停止)、胎盤の発育異常や変性、早期閉経と性欲減退、更年期症候群など
遺伝的変化 染色体突然変異(二動原体染色体や環状染色体)の出現率上昇、ダウン症候群(21番トリソミー)、パトー症候群(13番トリソミー)、エドワーズ症候群(18番トリソミー)、クラインフェルター症候群(過剰X染色体)、ターナー症候群(X染色体欠如)、タンパク質遺伝的多型の減少、染色体異常と関連したDNA修復力低下・抗酸化活性度の低下、精子の構造異常の増加、自然流産発生率の上昇、妊娠中絶胎児の異常の増加など
先天性奇形 先天性奇形の発生率の顕著な上昇、多指症、脊柱側湾症、喉や歯の変形、二分脊椎症・脳瘤・無脳症など神経管欠損症、水頭症、小頭症、眼の先天性異常、小眼球症、四肢の欠損や変形、内臓の変形、口唇裂と口唇口蓋裂、生殖器の奇形、消化器の奇形、これらの多発奇形、奇形腫(脊椎尾てい骨部の腫瘍)など
その他の疾患 嫌気性解糖系、酸化促進状態、ビタミンE欠乏症、ビタミンA過多症など
腫瘍・がん 腫瘍の総罹患率の上昇 [ベラルーシ]1990~2000年にがん罹病率40%上昇、うち高汚染度のゴメリ州では52%上昇、[ウクライナ]事故後12年間に12%上昇、うち高汚染度の地域(州)で18~22%上昇、その内最も汚染度の高い地域では3倍に上昇、[ロシア]事故9年後、汚染度の高い地域では低い地域と比較して2.7倍高かったなど
甲状腺がん ほぼ必ず乳頭状、発現時に侵襲性が強い、甲状腺自己免疫反応と関連、[ウクライナ]浸潤型のがんが87.5%、46.9%の患者で腫瘍が甲状腺外に及ぶ、55.0%に頸部リンパ節への局所転移、11.6%に肺への遠隔転移、甲状腺がんは甲状腺障害の氷山の一角=甲状腺がんが1例あれば甲状腺障害が29~1000例存在する、など。
血液がん・白血病 急性および慢性・骨髄性およびリンパ性・白血病、赤血病、骨髄異形成症候群、悪性リンパ腫、ホジキン病、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫、リンパ肉腫、細網肉腫、大顆粒リンパ球性白血病など
その他の腫瘍 乳がん、肺がん、脳腫瘍(中枢神経系のがん)、咽頭腫瘍、腎臓がん、副腎がん、肝臓がん、骨腫瘍、軟部肉腫、網膜膠腫、皮膚がん、胃がん、腸がん、大腸がん(結腸がん、直腸がん)、膀胱がん、泌尿性器がん、悪性黒色腫、脊髄腫瘍、脂肪腫・皮膚性良性腫瘍など良性腫瘍、
小児がん 小児(0~14歳)がんの中で血液・造血器・リンパ系のがんが多い(ベラルーシで52.4%)、続いて交感神経系腫瘍、中枢神経系腫瘍(脳腫瘍)、腎臓がん、甲状腺がんなど、その他網膜芽細胞腫、肝臓がん、骨腫瘍(骨がん)、軟部肉腫、口腔がん、咽頭がん、副腎がんなど
結果 健康状態の全般的な悪化 被害は広範囲、全体像を知ることが重要、ほぼ全ての生理系が悪影響を被り、障害から死亡までさまざまな結果が現れている
死亡率の上昇 出生前死亡率(胎児死亡率)の上昇、周産期・乳児・小児死亡率の上昇、総死亡率の上昇、事故から2004年末までの過剰死亡数推計105万人(18年間についての推計であるので生涯期間を50年として計算すると被害総数はおよそ293万人という予測である)

 

出典:ヤブロコフほか『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013年)

2.放射線が生みだす活性酸素・フリーラジカルとそれによる酸化ストレスによる健康影響の可能性――酸化ストレスという機序からのアプローチ

日本酸化ストレス学会によって編纂された『酸化ストレスの医学 改訂第2版』は、酸化ストレス起因・関連の疾患や健康障害を可能なかぎり全面的・網羅的に記述することを目指しており、酸化ストレスによる健康影響の全体像を掴むための重要な文献であると考える。

放射線は、その間接作用として活性酸素・フリーラジカルを生みだし、酸化ストレスを高める。同書によると、低LET放射線の場合、100KeVの吸収エネルギーにより、水の放射線分解だけで、およそ10個の活性酸素種(活性酸素とフリーラジカル)の分子が生成するとされている(419ページ)。つまり、セシウム137が崩壊する際に放出するガンマ線のエネルギーは662KeV、ベータ線のエネルギーは最大で512Kevなので、全て吸収された場合、およそ120個の活性酸素種の分子が生じる計算になる。

このように、放射線はその間接的作用として活性酸素・フリーラジカルを生みだし、それによって生体に対する酸化ストレスとなる。したがって上記の疾患・健康障害について、虚血再灌流障害など一部を除き、「酸化ストレス」は「放射線」(正確には「放射線の間接的作用」)と読み替えることができる。しかも、この同一性は、とくに、放射性微粒子による近傍細胞への集中的な内部被曝について当てはまる。もちろん、放射線の影響には、さらに付け加えて「直接的作用」があるので、酸化ストレスに関連して考えられるよりも、いっそう深刻で広範囲であることはいうまでもない。

表2 吉川敏一監修『酸化ストレスの医学』において指摘がある酸化ストレス起因あるいは関連の疾患・障害の一覧(すなわち放射線が生みだす活性酸素・フリーラジカルによる酸化ストレスを介して放射線影響の可能性のある疾患・障害)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本書による章別の分類 酸化ストレス起因あるいは関連の疾患・障害
発がん 全てのがん;とくに悪性リンパ腫、中皮腫、肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん、白血病、皮膚がん、腎がん、膠芽腫(グリオブラストーマ・悪性の脳腫瘍)など
炎症 炎症と酸化ストレスの密接な連関――炎症による酸化ストレス生成・亢進および酸化ストレスによる炎症の生成・増悪・伝播;炎症のシグナル伝達としての活性酸素;リウマチ性関節炎、炎症性腸疾患、肺気腫(肺胞が過度に拡張した状態)、動脈硬化、神経変性疾患、花粉症、ハウスダスト・アレルギー、全身性炎症性反応症候群、皮膚の日焼けなど
虚血再灌流障害 虚血(血流の減少あるいは中断)後に再灌流(血流の再開)が起こった場合の酸化ストレス産生による細胞損傷と組織障害など
放射線 発がん;白内障、肺などの線維症、血管障害など
神経変性疾患あるいは脳神経疾患 脳のインスリンシグナル伝達機構の破綻、神経細胞死と神経退行性疾患、神経突起変性、神経細胞周辺のグリア細胞の機能異常;アルツハイマー病を含む認知症など
パーキンソン病 ドパミン神経の変性や脱落、ミトコンドリア機能障害など
眼疾患 翼状片(白目表面の半透明の膜である結膜が、目頭の方から黒目に三角形状に入り込んでくる病気)、白内障、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症など
呼吸器疾患 急性肺障害、透過性亢進型肺水腫、気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患――慢性気管支炎と肺気腫、間質性肺炎など
心疾患 サイクロフィリン(CyPA)による血管内皮障害、冠動脈不安定プラーク(塊)の形成、動脈硬化;腹部大動脈瘤形成、心筋肥大、心筋繊維化、冠動脈狭窄、心筋梗塞など
心不全 心筋のミトコンドリアDNA障害によるミトコンドリア機能不全;心筋不全など
動脈硬化症と脂質酸化 脂質酸化による動脈硬化症の発症;心筋梗塞、脳梗塞など
肥満・エネルギー代謝 糖尿病(2型)、脂質代謝異常、高血圧、動脈硬化症など
ヘリコバクター・ピロリ感染症 胃粘膜に慢性炎症生成、過剰活性酸素の産生による胃粘膜障害、胃がん、胃・十二指腸潰瘍など
小腸粘膜障害 ミトコンドリア阻害による消化性潰瘍病変など
炎症性腸疾患 潰瘍性大腸炎、クローン病など
脂肪性肝疾患・脂肪肝 非アルコール性脂肪性肝疾患(非アルコール性脂肪肝[NAFL]と非アルコール性脂肪肝炎[NASH])、腸管細菌叢の変化の毒性作用、肝線維化、肝がんなど
C型肝炎による肝発がん ミトコンドリア障害、耐糖能障害、インスリン抵抗性;肝硬変、肝細胞がんなど
急性臓器不全 遊離ヘム(脂溶性の鉄)の放出とそれによる酸化ストレス増強;急性肝不全、急性呼吸不全、急性腎障害、敗血性多臓器不全など
腎疾患 慢性腎臓病の発症、腎臓局所から全身への酸化ストレスの拡大、とくに心血管障害(心腎症候群)への進展、糸球体・尿細管(ネフロン)の炎症から腎全体への炎症波及、腎組織における抗酸化物質の低下、尿毒症性物質の蓄積、冠動脈病変・脳血管障害など多臓器・全身性の病変など
糖尿病 糖尿病における酸化ストレス亢進、それによる血管合併症の発症・進展、膵β細胞障害・アポトーシス、インスリン合成・分泌障害、脂肪細胞の炎症と形質転換、インスリン抵抗性への関与、糖尿病と糖尿病性の網膜症・腎症・神経障害・動脈硬化症・心不全・血栓症・歯周病・がん・骨粗鬆症などの発症・進展自体への酸化ストレスの関与など
産婦人科疾患 子宮内膜症、卵巣明細胞(染色されず明るく見える細胞)腺がんなど
特発性大腿骨壊死 酸化ストレスによる骨壊死など
歯科・口腔疾患 う蝕(虫歯)、歯周病、それらと高血圧症・動脈硬化・糖尿病との関連、口腔内感染症、口腔機能障害や不健康と高次脳機能障害との関連など
運動 不活動(運動不足)による筋機能低下による酸化生成物の蓄積など
エイジング(老化) ミトコンドリアの減少、炎症、酸化ストレスの蓄積による加齢、加齢性疾患など
自己免疫疾患 全身性エリテマトーデス(顔に現れる紅斑[エリテマ]を特徴とする全身の臓器の炎症)、自己免疫性溶血性貧血など

 

出典:吉川敏一監修『酸化ストレスの医学 改訂第2版』診断と治療社(2014年)より筆者作成。糖尿病に関連する部分は、山岸昌一編『糖尿病と酸化ストレス』メディカルレビュー社(2011年)により補足した。

3.放射線が生みだす長期的細胞炎症がもたらす健康影響の可能性――慢性炎症という機序からのアプローチ

慢性炎症は実に多様な疾患の「基盤病態」であることが科学的に解明されつつある。炎症と酸化ストレスとは相互に作用し増強し合う不可分の一体である。最近、慢性炎症は、エピゲノム・ゲノムを変異させ、遺伝子異常を引き起こし、がん化、がんの悪性化、浸潤や転移を促すことが明らかになってきている。

炎症に関連して、放射線は、照射された細胞に炎症反応を引き起こし、それが長期的な細胞炎症となって、炎症性サイトカインを産生し、周辺の細胞に伝播し、放射線を受けていない細胞に突然変異を含む損傷を引き起こすことが明らかになっている。このことは、政府傘下の放射線医学総合研究所の文書でも認められている(放医研編著『低線量放射線と健康影響 改訂版』医療科学社[2012年]79~81ページ)。

つまり、放射線は長期の細胞炎症を引き起こし、炎症は、活性酸素・フリーラジカルによる酸化ストレスと同様に、また酸化ストレスと共に複合的に、作用し、広範囲の疾患や健康障害を引き起こす可能性があるのである。つまり、上記の「慢性炎症」は「放射線」(正確には「放射線のバイスタンダー効果」)と読み替えることが可能である。

表3 最近の慢性炎症関連の研究成果における慢性炎症起因あるいは関連の主な疾患・障害の一覧(すなわち放射線が生みだす長期的細胞炎症を介して放射線影響の可能性のある疾患・障害)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分類 疾患・症状・障害
炎症の慢性化 炎症の終息機構の破綻、上皮間葉転換・組織リモデリング・エピジェネティックス的な遺伝子発現の変異など慢性化機構など
がん 肺がん、肝臓がん、子宮頸がん、大腸がん、膵臓がん、胃がん、前立腺がん、膀胱がん、胆嚢がん、口腔扁平上皮がん、外陰部扁平上皮がん、食道がん、唾液腺がん、MALT(粘膜とリンパ球細胞の複合組織)リンパ腫、メラノーマ(黒色腫・悪性の皮膚がん)、胆管がんなど;浸潤の促進(肝細胞がん、大腸がん、食道扁平上皮がん、乳がんなどについて);血管新生の促進(乳がん、膀胱がん、頭頸部重層扁平上皮がん、大腸がんなどについて);転移の促進(肺がん、乳がん、卵巣がん、前立腺上皮がん、肝細胞がん、肝転移などについて)など
脂肪細胞炎症 肥満による脂肪細胞の慢性炎症、炎症の臓器間相互作用による心臓・血管・肝臓・腎臓・膵臓などへの伝播、臓器代謝ネットワークの破綻など
糖尿病(2型) 膵島炎症によるβ細胞機能障害、インスリン分泌不全;炎症性サイトカイン・遊離脂肪酸などによる肝臓・骨格筋・脂肪組織などにおけるインスリンシグナル伝達機構の阻害、インスリン抵抗性など
心臓 心房筋の慢性炎症、不整脈、心房細動、心房繊維化、心不全、脳内の炎症とそれによる交感神経系の活性化など
血管 血管内皮の炎症、血管炎症、動脈硬化、不安定プラークの形成、心筋梗塞など急性冠動脈疾患、脳梗塞など
肝臓 非アルコール性肝炎(NASH)など
腎臓 腎炎、腎繊維化、腎不全など
炎症性サイトカインによる破骨細胞の形成促進と機能活性化、骨粗鬆症、関節リウマチなど
歯科疾患 歯周病、糖尿病(インスリン抵抗性)との関連など
神経疾患 脳における慢性神経炎症および血管炎症、頭痛、めまい、アルツハイマー病・パーキンソン病の発症や病態に影響、多発性硬化症(MS)、プリオン病など
呼吸器 気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患など
腸炎 潰瘍性大腸炎、クローン病など
老化 老化による免疫機能の低下と持続的な炎症反応など
眼科疾患 糖尿病網膜症、視力障害など
自己免疫疾患 アトピー性皮膚炎、全身性エリテマトーデスなど

 

出典:小川佳宏ほか編『慢性炎症――多様な疾患の基盤病態』羊土社(『実験医学増刊』2011年第29巻第10号)、宮部恵二・伊藤進『がん増殖と悪性化の分子機構』化学同人(2012年)第15章、小川佳宏・真鍋一郎編集『慢性炎症と生活習慣病』南山堂(2013年)、『炎症――全体像を知り慢性疾患を制御する』羊土社(『実験医学別巻』2014年第32巻第17号)、ヴィンセント・デヴィータら編『がんの分子生物学 第2版』メディカル・サイエンス・インターナショナル(2017年)第1部第5章。

4.放射線によるイオン・チャンネル系の阻害に関連する疾患・健康障害(未完)

生体内で細胞膜上のイオン・チャンネルは、細胞間の情報伝達機構の重要な一環を担っている。われわれが『放射線被曝の争点』緑風出版(2016年)において検討したように、放射性核種とくにセシウムとストロンチウムによるカリウム・チャンネルおよびカルシウム・チャンネルの阻害・損傷は、①心臓の電気信号伝達の阻害・不整脈・心筋症・心不全など、②筋肉・運動神経系の電気信号の伝達阻害・運動機能障害、③難聴・めまい・視覚障害など聴覚・平衡感覚・視覚などの感覚系の機能障害、④脳内神経伝達物質の分泌の阻害など中枢神経・精神系に否定的影響・うつ・不安などを及ぼす可能性が考えられる。

この問題を最初に提起した大山敏郎は事故のブログに「微量放射性セシウムによる心筋症メカニズムの理論の、その他の症状への拡張」という論考を書いて、カリウム・チャンネル阻害がさらに広い健康影響をもたらす可能性を指摘している。

出典:大山敏郎「微量放射性セシウムによる心筋症メカニズムの理論の、その他の症状への拡張」
https://blogs.yahoo.co.jp/geruman_bingo/13892545.html

5.例証1:福島原発事故によって生じたプルーム(放射能雲)に突入し被曝したトモダチ作戦従軍米軍兵士の訴える症状・体調不良

放射線被曝による健康影響の範囲の広さを示唆するもう一つの事例は、福島原発事故によって生じたプルーム(放射能雲)に突入し被曝したトモダチ作戦従軍米軍兵士の訴える症状・体調不良である。兵士らは東京電力・原発製造メーカーなどを訴えて裁判闘争を闘っている。公表されている健康被害の一部を表4に掲げるが、それだけでもその範囲の広さが分かるだけでなく、上で検討した疾患・障害とほとんどぴったり一致していることが明らかになる。

表5 アメリカで訴訟中のトモダチ作戦被曝米軍兵士に現れた主な症状

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分類 症状
がん・腫瘍 骨膜肉腫で死去、足に腫瘤、あごに腫瘤、白血病・急性白血病、甲状腺に嚢胞、異常瘤のため甲状腺除去・甲状腺がん、脳腫瘍(頭部への放射線高被ばくによるものと診断)、精巣腫瘍など
神経系 頭痛・偏頭痛、運転中意識喪失・意識不明で倒れる、不眠・睡眠障害、脚の筋肉痙攣のため車椅子、全身けいれん、背中・首・右半身痙攣(まひ)、記憶喪失・記憶障害、うつ、不安・不安感・不安障害、気分の滅入り、疲労・脱力など
感覚系 耳鳴り、鼻異常、目まい、左目失明・右目ほとんど失明(作戦前は良好)、右目に刺激・瞼の腫れ・その後聴覚障害など
筋肉・骨 股関節異常、脊柱炎、大腿部・みけん異常、肩甲骨肥大、右半身に痛み、足の痛み、ひざ障害・膝に異常、膝・胸・足を手術するも現在脚は2倍に腫れ、かかとの関節病など
消化器系 潰瘍、腹痛、吐き気、体重減少、胆のう摘出、食欲不全、直腸出血、胃痙攣、下痢、頻繁な嘔吐、消化不全など
代謝系 甲状腺障害・バセドウ病、甲状腺機能不全、甲状腺異常、肥満、高血圧、体重減、
呼吸器系 呼吸障害(作戦中に始まりその後も継続)、鼻血、アレルギー、咳(せき)など
婦人科系・遺伝 生理不順、子宮出血、作戦中に妊娠し多発性遺伝子異変の子供を出産など
その他 疲労・脱力(重複)、高熱、発熱など

原典:原告の訴える症状(一部、Declarationなどより)、原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会 作成2014年11月3日

出典:http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4009.html

6.実例2:三田茂医師が提起する福島原発事故での放射線被曝による「能力減退症」

東京から岡山に避難している三田茂医師は、首都圏を中心に4000人以上の放射線被曝を受けた住民を検査と診療を自分の医院において行ってきた。そのデータに基づいて、三田氏は、福島原発事故で被曝した住民のなかに広がる特有の症状の群を「能力減退症」と規定している。2016年頃から症例が急に増加し症状も激化したという。

三田医師は「『能力減退症』の原因が放射能被曝単独であるとの証明まではできないが、旧来のヒバクシャたちの経験した症状との強い類似性から考えると原因の中心に放射能被曝があることは間違いないであろう」と述べている。

われわれは、上記の考察から、三田氏の提起している症状群が、チェルノブイリで実際に観察され、酸化ストレスと慢性炎症に関する最新の医学の発展から推論・示唆され、さらにはトモダチ作戦被曝兵士の健康障害において再度確認された一群の症状群の延長線上にあるものであり、この根拠により放射線起因あるいは関連であると確認することができると考える。

表6 三田茂医師が提起する福島原発事故被曝住民の「能力減退症」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分類 症状
免疫系・感染症 [免疫低下]リンパ節の腫れ、小児特有の病気である手足口病やヘルパンギーナが成人にも多く見られたり、主に高齢者の病気である帯状疱疹が小児にも多く見られた、(感染症の)諸々の自覚症状・感染症のプロフィールの変化、疾病の進行の様子の変化、診断がつきにくく治療の反応が悪くなってきている、病原菌に対する防御力の低下、ちょっとした病気にかかりやすい;身体の免疫力の低下あるいは時間的な遅れ、感染に際して期待される白血球増多がみられずあるいは遅れるために治療が効果を表すのに時間がかかる、生体の反応が間に合わなければ深部感染症に進行し予想外に急速に敗血症から死に至る可能性、傷害組織の治癒力の低下、感染に対する反応性の低下
[免疫の異常亢進]免疫力は低下するのみでなく暴走することもある、自己免疫疾患の増加、アレルギーの悪化、アナフィラキシー様発作の増加、化学物質過敏症・電磁波過敏症の悪化
神経系 記憶力の低下、ものおぼえの悪さ、約束の時間を間違える、メモを取らないと仕事にならない、疲れやすさ、仲間についていけない、長く働けない、頑張りがきかない、だるい、疲れると3~4日動けない、昔できていたことができない、怒りっぽく機嫌が悪い、寝不足が続くと発熱する(小児に多い)、集中力、判断力、理解力の低下、話の飲み込みが悪く噛み合わない、ミスが多い、面倒くさい、新聞や本が読めない、段取りが悪い、不注意、やる気が出ない、学力低下、能力低下頭の回転が落ちた、宿題が終わらない、コントロールできない眠気、倒れるように寝てしまう、学校から帰り玄関で寝てしまう、昼寝をして気付くと夜になっている、居眠り運転、仕事中に寝てしまうので仕事をやめた、例数は少ないが、MRIなどの脳の画像診断を行った結果では、中枢神経にはっきりと認識できる病的変化は起きていない、認知機能検査も正常範囲
血液系 小児とくに乳幼児に顕著な白血球減少、白血球の減少、白血球像の変化、白血球数は、増多(抵抗力大)より減少(抵抗力小)が、むしろ病勢の悪化、重症化を示している可能性
呼吸器系 異常な鼻血、喘息、副鼻腔炎などの呼吸器疾患の多発・難治化
皮膚・皮下組織 皮下出血(アザ)、ケガ・キズ・皮層炎の治りの悪さ、小さなキズの治りが悪い、皮層炎が治りにくい、蜂窩織炎(ほうかしきえん、皮膚とそのすぐ下の組織に腫れが生じる細菌感染症)が多い、
消化器系 下痢
代謝系 脳下垂体・副腎皮質機能の相対的低下症というべきホルモン異常、コルチゾール(副腎皮質ホルモンの1種)の低下傾向の人が多い、甲状腺ホルモンは正常、脳下垂体・副腎皮質ホルモン検査を行うと、具合は悪いが寝込むほどではなく、不便ながらも生活できているくらいの人たちのレベルは、正常の下限周辺から低値、元気な人たち(正常中央値に近い)と比較して分布が明らかに低く偏る、相対的に不足している副腎皮質ホルモンは、経口的に補充投与して正常レベルに近づけることが可能、そのような治療を開始したところ約70~80%が「能力」を回復した事例がある
臨床的特徴 今までの医学常識が通用しない可能性、疾病が典型的な経過を取らないので診断が困難な症例・病状の悪化に伴うはずの身体所見(炎症所見など)や血液検査データの変化が乏しく判断を誤りやすい症例・治療に対する反応が悪い症例を少なからず経験する、検査データが異常を示しにくくなる傾向がある
全体的評価 「慢性原子爆弾症」(都築正男東大名誉教授が指摘)・「原爆ぶらぶら病」(肥田舜太郎医師が指摘)に類似した症状と評価すべきである、福島原発爆発事故により放射能被曝させられた私たちは、ヒロシマ・ナガサキの、ビキニの、チェルノブイリの、湾岸戦争の、そして軍事や核産業に従事するヒバクシャたちに引き続く21世紀の『新ヒバクシャ』として自身を再認識しなくてはならない、放射線被曝と化学物質との複合影響の可能性。

出典:三田医院 三田茂「『新ヒバクシャ』に『能力減退症』が始まっている」(2018年2月28日)

注記:三田氏の論文には分類はなく、ここでは内容を考慮して渡辺が行ったものである。分類・編集とも文責は本表の作成者である渡辺にあることを特記しておきたい。

7.肥田舜太郞氏による「原爆ぶらぶら病」の提起

三田茂医師が触れている肥田舜太郞医師の「原爆ぶらぶら病」あるいは「原爆ぶらぶら症候群」は、肥田氏自身によって以下の通りその病像が規定されている。肥田氏は、6000人以上の被爆者を診察診察し、それに基づいて、この概念を提起している。以下、肥田氏の鎌仲ひとみ氏との共著『内部被曝の脅威――原爆から劣化ウラン弾まで』ちくま新書(2005年)から全日本民主医療機関連合会「広島・長崎の原爆被害とその後遺―報告国連事務総長への報告」(1976年)の部分を引用する(110~111ページ)。同報告は、4点の特徴付けを行っている。

「原爆症の後障害のうちで、とくに重要と思われるものに『原爆ぶらぶら病』がある。被爆後30年をこえた今日まで、被爆者を苦しめてきた7『原爆ぶらぶら病』の実態は、次のようなものである。

  1. 被爆前は全く健康で病気一つしたことがなかったのに、被爆後はいろいろな病気が重なり、今でもいくつかの内臓系慢性疾患を合併した状態で、わずかなストレスによっても症状の増悪を現す人々がいる(中・高年齢者に多い)。
  2. 簡単な一般検診では異常が発見されないが、体力・抵抗力が弱くて『疲れやすい』『身体がだるい』『根気がない』などの訴えがつづき、人なみに働けないためにまともな職業につけず、家事も十分にやってゆけない人々がある(若年者・中年者が多い)。
  3. 平素、意識してストレスを避けている間は症状が固定しているが、何らかの原因で一度症状が増悪に転じると、回復しない人々がある。
  4. 病気にかかりやすく、かかると重症化する率が高い人々がある。

以上に示すように『原爆ぶらぶら病』はその本態が明らかでなく、『被爆者の訴える自覚症状』は、がん固で、ルーチンの検査で異常を発見できない場合が多い。」

肥田氏は、ドネル・ボードマン医師が、アメリカの核実験などで被爆した米兵の長年にわたる診察から得た結論と一致したことを書いている。

「ボードマンは…被ばく米兵を苦しめた低線量放射線障害に力点をおき、それを『非定形症候群』と名づけ、いかなる既往の病名にも当てはまらない多様な主訴、症状があり、『放射線被ばくの経験があって、主訴と症状がどの病名にも一致しない場合、それを低線量放射線障害』とすべきである」とまで強調している」(111ページ)。

8.ドネル・ボードマン医師による「低線量放射線障害」の特徴づけ:肥田舜太郞訳『放射線の衝撃 低線量放射線の人間への影響(被曝者医療の手引き)』アヒンサー(2008年、原書1992年)より(未完)

Donnell W. Boardman, Radiation impact: Atoms to zygotes : low level radiation in the nuclear age, Center for Atomic Radiation Studies, 1991

渡辺悦司 2018年5月12日学習会用

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